潰瘍性大腸炎→大腸全摘出したanokaのブログ

難病や日々の事を書いてます。よろしくお願いします。

長女への感謝と尊敬を込めて

こんにちは、anokaです。

 

 

今日はanokaの長女であり、消化器外科医として私の3度にわたるオペも執刀、また立ち会ってくれた姉について

感謝と尊敬の意を込めて綴りたいと思います。

 

 

anokaは4姉妹の末っ子です。

長女とは7つ歳が離れてます。

 

私の記憶はあまりないけれど、長女が小さい私を面倒見てくれている写真がたくさん残っています。

 

 

また、過去を振り返ったブログでも書いてますが、一時期姉妹で家事をこなしてたときもありましたが、やっぱり頼りになったのは長女と次女でした。

 

 

二人は今も仕事も家事もきちんとこなす使命感に追われている気がして…

 

少し心が痛みます。。。

 

 

 

さて、話を長女に戻して

 

長女は冷静沈着でしっかり者。

小さい頃から習ってたピアノが得意で、勉強熱心。

読書やオペラ鑑賞が趣味で、中学から合唱部に所属し

高校3年生では関東大会に出たりもしてました。(部員数名でですが)自分の代でその高校初の関東大会出場だったらしく、出れたことにとても喜んでいて、普段感情を出さない姉が嬉しそうにしてたのをなんだか印象深く覚えてます。

 

 

とにかく、絵に書いたような優等生。

 

そして、決して表に出さないけれど努力家です。

 

anokaが小学生だった時、たまたま朝早く起きたら母親がおにぎりを作っていて「なにしてるの?」と聞くと

 

当時、高校生だった長女が朝早く登校して、勉強をしていると聞かされました。

 

 

純粋に尊敬しました。

7つも離れてるのだから私に言わないとは思いますが、

姉が努力をひけらかすことは次女も三女も見たことないし、

 

 

次女も三女も私が二十歳過ぎてからポロっと出たこの話にびっくりしてたので私はたまたま知っただけなんだと更にびっくりしました。

 

長女は医大にも、国家試験にもストレートで合格。

 

全部母から聞きましたが(長女は大学進学から寮に入ってたので気付いたら家から居ないΣ(゜Д゜)という感じでした。)

努力が実った長女を心から喜びました。

 

 

 

歳が離れててあんまり接点がなかったanokaですが

本当に一生懸命努力して、夢を叶えた長女を誇らしく想うし自慢の姉です。

 

 

ちなみに長女は自分が医師を目指したのは「お父さんに憧れたからじゃない」と真っ向から否定しています。笑

(長女は父の浮気を知ったとき、とても怒り、軽蔑したので中学、高校とほぼ会話してません。今みたいに携帯も普及してなかった時代なので)

 

本当のところは知りませんが、母から聞いたのは歴代の偉人から感銘を受けたそう。(長女は世界史も日本史も大好き。)

 

 

ちょっと前の話ですが、東京医科大で女性差別の入試問題が発覚しましたね。

 

 

本当に怒りでいっぱいになりました。

某タレント女医さんも一定の理解を示したようなこと言ってましたけど

 

 

これに関してはanokaの姉妹ラインでも話題になりました。長女も確かに「一理ある」と言いましたが

 

「ぶっちゃけ、子供産んでみてから言え。とも思ったけどね。」

 

※決して子供を産んだ女性が偉いと言いたい訳ではありません。長女の立場からすればこの東京医科大の騒動は【一理ある】の立場に当てはまらないからの発言であるとご理解ください。

そしてanokaが勝手にこのブログで公にしているので、もし長女に誹謗中傷なコメントなどがあったら彼女の名誉のためこのブログは速やかに削除します。

 

 

私の中では拍手喝采でした。

だって、私は妹として、患者として外科医の姉を見てたから。 

 

長女は第一子を身籠った時も勉強のために静岡まで単身赴任してます。「今しか勉強できないから」と、寂しがる旦那さんを置いて…笑

 

いや、ホント強すぎるだろ!

って心から思いましたね。

旦那さんが寂しがるというのもこの夫婦の面白いところです(笑)

 

※旦那さんも獣医として立派に働いております

 

 

anokaが潰瘍性大腸炎となったときもすぐ専門医を紹介してくれて、一緒に付き添ってくれました。

 

内科で入院したときも働く姿を見たし、病院の少し離れに患者も利用できる食堂がありますがそこで時間を潰してると通りすぎる姉の姿を何度も見ましたが

 

私が入退院をするようになった25歳くらいのころ、既に2児の母だった長女は下の子が母乳オンリーだったため、何度も食堂の奥にある病院の保育所を往復してたんです。

 

キビキビ働く長女は本当に格好良かった。

 

大腸摘出が決まり外科病棟に移動したとき

 

担当オペチームの中にしっかり姉の名前があり、どれだけ心強かったか…。

毎日の回診にも来てくれてたし、たまに夜勤もこなしてたそう。

 

 

自分の仕事に誇りと熱意を持っている。

医師として働く長女はそんな言葉がぴったりでした。

 

女医が求められる時はたくさんあるとも言っていました。

大腸の内視鏡を女医の方にやって欲しいという女性は多いそう。

 

確かに、今の長女は非常勤です。

 

下の子(今4歳)に知的障害がわかったのですが

(予感はありましたが小さい子は成長の具合もさまざまですから3歳くらいで確定します)

保育園が外れてしまい

(上の子は保育園が当たったし、今は小学生)

でも知的障害の子は社会に触れさせた方がいいと言われます。

 

確か、なんとか認可外の保育所に入ったけれど時間が限られてるため長女が仕事をセーブせざる得ない状況に…。

 

世の中の矛盾にも腹が立ちます…

 

なんで女性は妻、母、社会人とたくさんの荷を背負わされるのでしょうか?

 

女性も働く時代…?

 

現場に必要とされても、育休で男性の医師の負担が増えるから、女性差別は一理ある?

 

少子化問題とか言うのに?

 

こんなに頑張ってる長女が何故…?

 

長女が姉妹ラインで下の子の障害や、保育園に預けられない現状を吐露し、

「医者、辞めるしかないか…」

と言った時に

 

苦しくて、悔しくて仕方ありませんでした。

 

 

私もその頃からストーマにするか悩んでましたが、なるべく個人的に相談するのを控えるようになりました。

(長女に出来るせめてものanokaの気持ちです…)

 

子供が悪い訳じゃない、でも大変なのは確かなんです。

 

私も甥っ子にあたるので何度も遊びましたが、本当に目が離せない。

 

私は今回、施設を経由して病院に入院しましたが

病棟で長女と久しぶりに会ったとき

疲れてるのが、とても分かりました…。

大腸摘出の手術、ストーマ閉鎖がちょうど2年前くらいですが

その時と比べて、明らかに違いました。

 

仕事を押さえて生きることは、

 

長女にとって生きがいを奪ってしまうことと同じだったのではないかと

 

あんなにたくさん勉強をしてたどり着いたのに

男社会と言われる外科医で、経験を積んで頑張ってたのに…

 

 

やるせない気持ちでいっぱいです…。

 

 

非常勤になったため、オペチームを抜けた長女は出勤時間も遅めです。

ですが私の手術の日は、下の子をベビーシッターさんに預け早く来てくれました。

 

下の子の保育園が外れたとき、シッターさんはお金が掛かりすぎる…と言っていたのを聞いてたので

 

 

本当に長女には迷惑をかけっぱなしで申し訳ない

 

けれど

 

こんな時まで側にいてくれて手術に立ち会ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいで

 

でも、今の自分では非力過ぎて…

 

 

「恩返ししたい」と言いたくても、

とても言えません。

 

せめて自立して、体力を戻して、ストーマにしたことが明るい方だったと長女に言えるように…。

 

焦ってはいけない。必ず、この時間が自分のしたいことに繋がる大切な休息時間なのだと信じて。

 

anokaは生きます。

 

 

という事で、

長女スペシャルはおしまいです。

長くなりましたが、ここまで読んで下さった方がいたら

本当に、本当にありがとうございます!!

 

 

anoka☆★☆

だってこの決断は

こんにちは、anokaです。

 

食欲がわかないのが、ちょっと心配になってましたが

思い切って好きなものだけ、食べたいものだけ食べようと思うようにしたら大分ココロが楽になりました。

 

 

前と違って当たり前か。

イロイロ違うこともある

 

食べたくなかったら食べなきゃいいんだ。

 

 

うん。それで良い(*^^*)

 

 

 

 

そして、苦しいな~。悲しいな~。

 

と私は最近ムリに元気にしなくていいか。

落ち込んで当たり前。

昨日、カウンセリングでも父のラインを見せ

思いっきり泣いて、

「正直、未だに気持ちの整理がつきません。」と

カウンセリングの先生も

「それはそうよ。」

と話をして

 

 

Twitterでも

落ち込んでて良い。

悲しんでて良い。って思うようにしようと思ったんです。

 

 

が、

 

持ってきていた私が18歳くらいに読んだ

そしてかなり最初のブログでも紹介した本、

 

うえを向いて、泣こう。 (Sanctuary books)

うえを向いて、泣こう。 (Sanctuary books)

 

 

を、久しぶりに一気に読み返しました。

 

 

これを見たら、やっぱり落ち込んでる時間は短い方がいい!!と思い直しました。(単純…笑。)

 

 

この本にも悲しみは、悲しみきった方がいいとも書いてあるのですが

 

いろんな人にも聞いてもらったし、たくさん泣いたし。

 

自分から苦しみのなかに長く居る必要ないかな?と

 

 

悲しみや、憎しみを心に抱えていることはすごく嫌で、気持ち悪くて、吐きそうなんです。

 

だって私が永久ストーマにしたのは、父親のためじゃないし、過去を振り返ったのは可哀想な自分に酔うためでもない。

 

 

自分の未来を明るくしたい!!

 

そのための選択だから。

 

 

ちょっと面白かったのは、この本に書いてある

【10秒フルスマイル】

鏡を見ながらめっちゃ歯を出して笑うのを10秒。

割と聞く話ですが、笑うと脳が勝手に勘違いしてくれるってヤツです。

 

 

看護師さんが入ってこない時間帯に(笑)やってみたんです。

 

 

これ、いいです!オススメです(*^^*)

 

そして、もうひとつ実行したこと。

 

 

 

 

父のラインに返信しました。

「ありがとうございました。」って。

 

父への感謝と言うより、自分が憎しみに溺れないように。

 

自分を好きでいたいから。

 

 

人を憎んで、まして自分の親を憎んで、悲しみの対象として生きていくより

 

前を向くために。

 

本から引用すると(私なりに簡潔に書いてます)

「悲しみは本来、美しいこと。悲しいと感じるココロは貴方の優しさでもある→それから抗おうと悲しみを苦しみに変えると、その憎悪は貴方に返ってきてしまう。起きてしまったことを変えることはできない。その悲しさを苦しみに変えない事が大切」

うえを向いて、泣こう。 (Sanctuary books)

「悲しいことは、美しい。」より

 

この章を読んだとき、はっとしました。

 

 

私は父を憎もうとしてないか…?って。

 

そんな人生にするために、手術したの…?って。

 

 

違います。

 

 

私の人生を明るいものに、豊かなものにするための決断だったはず。

 

生きていれば、

私が笑って暮らして仕事をして、

美味しいものを食べて

自由な所に遊びに行って

 

生きていれば

もしかしたら分かり会えることもあるかもしれない。

次女とだって。

 

例え

そうならなくても

 

憎しみに縛られて生きてくより、ずっといい。

 

 

だから

 

父にはずっと返信はしていませんでしたが

 

感謝の言葉を返すことにしました。

 

 

返信はきていません。

 

 

でも、私のココロはとっても軽くなりました。

 

どう解釈するかは父の問題で

私じゃない。

 

私はわたしのために感謝しただけなのだから。

 

 

ブログを書いていても、なんだか涙が出ます。

 

 

まだ悲しみは癒えてないのかもしれません。

 

だから泣きます。

 

憎まないために。

 

自分のために。

 

 

色々と感情が変化して、忙しいですね~…

自分なんですけど(笑)

 

でも、スッキリしました。

病室でも出来ることはたくさんありますね!

 

あと、本が授けてくれる知識は偉大だな~と改めて感心。

 

 

本当に宇佐美先生、ありがとうございます!!

2007年発売なのに…。今でも私にとっては素晴らしい本です。

 

 

そして次こそ

なかなか読んでない

 

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる――禅の教え (知的生きかた文庫)

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる――禅の教え (知的生きかた文庫)

 

を読みます!!

 

こーゆー系が大好きです(笑)

 

 

では、

ここまで読んでくださって本当にありがとございました!!

 

 

anoka☆★☆

私の「遥かなる我が家」

こんにちは、anokaです。

 

 

また、過去を振り返ります。

更に重たくなってます。

なので、悲しい話とか苦手な方はバックでお願いします。

題名はドラマ:「アンナチュラル」8話からですが感想文とかじゃないので、ご注意ください。

 

 

では、いきます。

 

 

anokaの父は医師、母は看護師と医療一家で育ちました。

 

後に長女は医師になり、次女は社会福祉士、三女は弁護士秘書。anokaも病気になるまでは歯科助手として働いてましたから

 

だいたい、医療に携わる仕事をみんな選びました。

(三女は違いますが、やっぱりおかたい仕事)

 

何不自由ない、生活を送っていた…

 

ように見えたでしょう。

知ってる人には「お父さんも、お母さんもすごいね~」

と言われることも少なくなかったです。

 

だけど、中身は世間の言うような「立派な家族」とは程遠い家族でした。

 

 

 

anokaが幼い頃から(小学5年生には)

父が浮気をしてたのは知っていたし、母への精神的、経済的DVも分かってました。(モラハラとも言うのかもしれません。)

何度、父と母が口論し4人姉妹で隠れてみてたことか

最終的に父が勝ち、謝る母を何度見たことか…。一番下の私でさえこんなに覚えているのですから姉たちはもっと見ていたでしょう…。

 

当然、母も4人の子供も居たら精神的に参ります。

(私が中学に上がるまでは専業主婦)

結果、子供に当たるのです。

 

あの時は自分が悪いことをしたからと信じて疑わなかった、躾という【暴力】です。

 

手で殴るのはもちろん、母は「手が痛い」と言ってハンガーや棒みたいなもので殴るのは当たり前だったし(何だったかは忘れた)

家から追い出す。食事を作らない。(父は仕事でほとんど家に居なかった。父が土日で帰って来て良いことと言えば、食事が約束されることでした。ケンカという恐怖はありましたが。どちらにしろ辛い記憶には変わりありません。)

 

 

それを【虐待】と言うんだよ…。

 

とカウンセリングの先生に言われたときの衝撃と悲しみは今でも忘れられません。

 

 

***少し話がそれますが***

 

病気が発覚して、1年くらいした時、

しばらく心も体も休めろ。と言われ、次女夫妻の家に居たときがあったのです。(その時、次女夫妻はマンションに居た。父の友人のマンションでかなり安い家賃で住んでいたみたい。)

 

次女はanokaをひどい言葉で罵ったり、実家を追い出した強烈なイメージがありますが、子供が出来るまではヒステリックにならず難病に理解がありました。なので次女夫妻には2年近くお世話になってるのです…。

そのおかげで、しっかりカウンセリングを受けることが出来ました。私が24~26歳のころです。

 

 

多分、私達姉妹は幼少期にたくさん悲しい体験したので、次女は子供ができてからというもの、

 

自分の子供には辛い想いをさせたくない!と強い心を持っているためか、かなり完璧主義になってる感じがありました…

 

そう思うと

次女の気持ちも

 

今、

 

冷静に考えれば…納得…

 

はやっぱり出来ませんが、ひとつの心の落とし所として見ることはできます。

ただ姉たちについては

 

ひとつ大事な事実として

 

Twitterではかなり酷いことを言われた!と私の気持ちが先走って悪い印象もあるかもしれませんが

 

こうしてたくさん救ってくれた2年間もある。

ということです。

 

私は結果的には難病をこじらせてしまいましたが…

 

 

本当は親がやるべき救済を、親と機能してなかったため、(確か離婚裁判中。)

 

 

次女の旦那さんも血の繋がりはないのに、快く受け入れ、2年間も助けてくれた…。

 

今は疎遠になったけれどいつか…

 

なにか一つでも恩返しがしたいです。

 

 

次女はあのヒステリックの暴言で相殺というとこで。笑

 

 

まあ、会話できるくらい修復したら何かしたいかな?

 

 

もちろん長女、三女、その旦那さんにもたくさん助けたもらったので恩返しがしたい気持ちはあります。

 

 

 

***話を戻して***

 

そのカウンセリングにも2年は通いました。

 

間が空いた時もありましたがカウンセリングを2年かかって母が幼い私にしたことをようやく、理解できたのです。

 

それまではずっと全ては父親のせいで、父親を悪者に話していました。(いや、父にも暴力を受けた記憶もあるので、母はそれを守ってくれた存在と思いたかったのかな…)

 

親子関係って怖いですね…。

特に小さい頃は親が全てなのですから

 

素晴らしいものにもなるし

恐ろしいものにもなる…。

 

でも私も一人の人間として生きていくために

いつまでも親のせいにしたり、縛られる人生で居たくはありません。

 

 

変えられないものと、変えられるものを見定めて、生きていきたい…

そのために、もうちょっと、振り返ります。

 

 

 

えー。ややこしいですが

 

 

父親はまず浮気と母への暴言。

 

→浮気の発覚の経緯は 次女、三女、私(小学2年生だったことは覚えている。)とパソコンで遊んでいてとんでもない内容のメールを見たから。

 

子供ながらに黙っていようと決めた私達3人。

(子供でも大人をよく見てると言いますが、よく気持ちが分かります。そして心が痛みます。)

そして私が小学5年生のころ母が浮気の感づいた発言をしたことに、私達は暴露。

母は確信にかわり、父に問い詰めたそうですが、何故か話は「母がダメだから、俺は浮気した。俺は悪くない、お前が謝れ」と

母が土下座をさせられるという訳のわからない状態に。

 

母は浮気が分かる前は父と口論し、苛立ちを子供たちにぶつける(躾という、必要以上の暴力)ご飯を作ってくれないなど。

 

浮気発覚後は精神的に参り、寝込むように…

家事などを姉妹でやったりしました。

 

 

そしてこの頃、anokaにとってとても辛い思い出が…

 

 

体調を崩し(小学5年)、嘔吐と熱に悩まされましたが2週間放置されました。母に訴えても

精神的にまいっていて、ヒステリックになっていたので「邪魔だから学校行け!」と言われ相手にしてもらえませんでした。

なんとか、ごまかしながら泣きながら学校に行ってました。どうやって乗り越えたかは覚えてません。ただめちゃくちゃ痩せました。(バスケはすでに習ってたので、太ってもなかったはず)

 

学校から連絡がいったのか分かりませんが、突然優しくなり、「病院に行くわよ」と、(父の病院でしたが…)

検査の結果、お腹のリンパ腺が腫れてる…みたいなことを話してたことしか覚えてません。

 

薬を飲んでいたら治りました。

 

 

この記憶はかなり悲しい記憶として強烈に残っています。2週間の間、無理に学校に行っては吐き、保健室に行かされ家に電話しても連絡がつかず、私が鍵を持っていたし、5年生なので一人で帰り

寝込む母に救いを求めましたが

「なんで帰ってきたの!?早く学校にもどりなさいっ!」と怒られたのを覚えています。

戻れるわけもなく、体調も悪いなか屋根裏部屋に隠れて泣いたのを今でも鮮明に覚えています。

 

 

えー……。ちょっと文章がごちゃごちゃしましたが

小学生まではこんな感じです。

 

 

 

anokaはこの小5の終わりからバスケットを通じて、生涯忘れることはない大切な友達に出会います。

 

 

敵チームだったし、中学も違うので短い期間だったけど

 

 

とても優しく、私のバスケを褒めてくれて、存在を認めてくれた存在です。

 

こんな暖かい場所が、人がいるんだ。。。

と思わせてくれた…。

 

だからanokaは大人になった今もバスケが大好きなのかもしれません。

 

 

はい!

 

その後も色々ありましたが、私は今もこうして生きています。

先ほどカウンセリングの先生が来てくれて

 

「anokaさんの人生を生きていこう。QOLを上げていこう!」と話して元気を頂きました。

 

一歩ずつでもいい。

振り返って悲しんでもいい。

 

だけど変えられないものに捕らわれない。

 

自分が変えられる未来の人生を見つめて行こうと思います(*^^*)

 

 

 

長くなりましたが

ここまで読んでくださって、本当にありがとございました!!

 

次回からは明るい話をしたいな~と、思います(笑)

 

 

anoka☆★☆

 

 

高校生の時読んで衝撃を受けた本↓

 

 

アダルト・チャイルドが自分と向きあう本

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大人になって衝撃を受けた本↓

 

 

毒になる親

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参考までに…。

 

UCになるまで

こんにちは、anokaです。

 

 

ちょっと今日は重たい話をします。

入院していて、時間もあるので

ここでしっかりまた私の心と向き合い、前を向くために一度後ろを振り替えって話します。

 

 

完全に、私の悲しみに向き合う文章になっているので気分を害される方もいるかもしれません。

 

なので悲しいのは見たくない!って人は本当にバックしてください!

 

私の家族の冷たく、悲しい話が長々と続くので

そーゆーの無理!って方は読まないでください。

 

ただ読んだら私がTwitterでも前回のブログでも記した父のラインも納得するかもしれません。

 

 

行きます。

 

まず、家族構成は

父、

母、

(5年前くらい?に離婚)

長女

次女

三女

末っ子のanoka(現29歳ですが30歳の歳になります。)

 

4人姉妹です。今でも かなりびっくりされます。

が、anokaの名前の由来は

 

姉3人の名前の一文字目を長女から順に並べたもので、本名とは一切関わりありません(余談。笑)

 

本名にしなかったのはTwitterで潰瘍性大腸炎のことを話したかったし、その人たちと関わる空間にしたかったからです。

 

そしてその頃は姉たちとは良好な関係だったから。。。(´・ω・`)

 

_______________________________

 

 

入院生活も内科も入れると何回目?と、言うほど多くなってしまった私。この潰瘍性大腸炎という難病にならなければ、とても考えられないほど私の身体は健康そのものでした。

 

仕事をして、休みは小学生にバスケを教え、自分も鍛えるために子供たちと声を出して動き回ってました。個人的に社会人バスケのチームにも入り試合にも出たりしました。

 

けれど予兆はありました…。

 

例え、この病気は難病であり、原因は医学的に証明されていなくても…

 

anokaの家は両親が不仲で

幼い頃からそれは当たり前でした。

 

 

そしてそれが爆発したような家族の事件が起きて、「こんな家とっとと出てやる!」と躍起になって働き、その数ヵ月後にこの病気が発覚したこと…

 

なんの因果関係もないかもしれない…けど

私のストレスは最高潮だったんじゃないかな…と思うのです。

 

その爆発した事件は

 

親しい人の死(祖母でした。)

 

 

母はとてもショックを受けていました。

 

母は山形出身で祖母も山形に居ましたから、体調を崩した、と知らせが入ったときはすぐに駆けつけました。

 

長女(母)でかなり歳の離れた弟がいる母は、幼い頃の夢を叶え看護師になり、弟の学費を出していたそう。

 

 

anokaも物心ついた頃から

母が常に山形の実家を気遣ってなんらかの援助をしているのは分かっていました。

 

また昭和の頑固オヤジを絵にかいたような祖父から

(大正生まれなのでかなり長寿!!表彰もされたそう、今も健在。これも余談)。。

 

祖母(おばあちゃん)が守ってくれたの、といつも口にしていた母は、とても母親っ子だったでしょう。

 

そして末っ子だったanokaもその母が大好きでした。

 

人見知りで、母以外は受け付けないくらいギャン泣きしていたそう。(小さすぎて記憶にないanokaです。)

 

 

anokaの母はしっかりしなきゃと思う反面、とても祖母を心の支えにしてたのは子供の私でさえ容易くわかることでした。(もちろん、祖母が亡くなるとき私も21歳なので当然かもしれませんが…)

 

その祖母が倒れたのですから、母が山形に行くのは当然。私達姉妹は既に成人していたし、anokaは専門学校卒業だったのでもう働いていました。

 

ちなみにその時長女と次女はもう結婚して家に居なく、実家にいるのは両親、三女、anokaでした。

 

 

普通ならば…誰が母を責めたでしょう。

祖母の回復を願わない人がいたでしょうか…

 

残念なことに、anokaの父は激怒したのです。

 

母に向かって(多分メールを受け取っている。離婚で優位に立つために残しておきな。と姉が助言していた思い出があります。)

 

直接言えない怒りの矛先は実家に残っているanokaに向かいました。(三女の仕事は帰りが遅かった)

 

 

父親は多分、アルコール依存症。(本人は認めてないが、anokaが幼い頃から毎日ウィスキーを一本開けてしまうほど飲むと、暴言もヒートアップする様を何度もみているし、この発言も飲酒済み後の発言です。)

 

 

「家を空けるなんて嫁の癖に、母親の癖になにをしてるんだ!考えられない!お前も覚えておけ、結婚したらその家の人間になるんだから女が帰るなんて絶対しちゃいけないことなんだ!(祖母が)倒れるのは当然だろう、歳なんだから。肺がんもタバコのせいで自業自得だ!」

 

(確かに祖母は喫煙者で肺がんにより亡くなりました。)

 

私はただ時代遅れも甚だしい、

 

てゆーか、お前もアルコール依存症のくせに…

 

ただ、その心無い言葉に、態度に

 

怒りを返したのを覚えています。

 

「お父さんにとっては他人でも私にとっては血の繋がったお祖母ちゃんなの!その人が苦しんでるのに悪口を言わないで!!それに、お父さんが言うことを実行したら、私もお姉ちゃんも嫁いだらお父さんの葬式に行くな、ってことだよね?いいんだよね!?」

 

泣きながら必死に訴えたのを覚えてます。

(結婚したら義理親になると言いますが、父にそんな話は通用しないと諦めてました。ちなみに父方の両親はanokaが産まれる前に他界、私は母方の祖父母しか知らないので余計に腹が立ちました。)

 

父親は売り言葉に買い言葉、酔っぱらってたのもあるでしょう。

 

「いいよ!べつに!」

 

その日は私は話にならないと思い、自分の部屋に逃げ込みました。

 

 

ずーっと泣いていました。

母を、祖母を侮辱された悔しさ、怒り、悲しみ

父の最期を看取らないと言ってしまった罪悪感…

 

私はその頃、アームカッターでした。

自傷行為というヤツです。

 

 

右腕、左には腕に収まりきらなかったリストカットの跡も今も消えずに残っています。(右利きだから切りやすい)

 

その日は泣いても苦しみが消えずにただこの苦しみから逃れるためにいつものカミソリを手に取り、かなり深く切りました。

 

(私が切ってしまう理由は両親が揉めたり、自分と両親がぶつかったとき。やり場のない苦しみを、痛みに変えていた感覚でした。そしてその傷を手当てすることにホッとする…。異常な行動ですが、当時わたしはこうやってなんとか心を守っていたのだと。振り替えって思います。)

 

ベッドが血だらけだったので驚きました。深く切った記憶もなく、いつも通り止血してガーゼして寝たのに…。

 

思い出しても痛みの記憶すらないんです。

それくらい気持ちが参っていて

ただ無意識に深く切ってしまった…。

(いつもは痛みの記憶もある)

 

なので朝起きて傷跡を見てビックリしたくらいです。自分でしたのに…。

(その後、いつからかは忘れたけど自傷行為はもう何年もしていません)

 

 

 

 

その日から何日か後、祖母は亡くなりました。

母が朝起きて、祖母起こしに揺すったらもう亡くなっていたそうです。

あの時、おばあちゃんが苦しまずに、眠りながら逝けたならいいな。今でもそう思います。

 

私達、孫は数ヶ月前に会いに行けていたし、

 

何より祖母は最期の何週間を家族4人で過ごせたのだし。。。

 

葬儀も、私達孫も、山形の親戚も集まり、たくさんの人に愛されながら送れたと思います。

 

父も来ましたが、仕事と言ってすぐ帰りました。

 

 

そしてその頃から私はどんどん変な方向へ行きました。

一時眠れず精神科にかかったけれど

「親しい人との別れのあとに大きな決断は辞めておいたほうがいい」という忠告を無視して自暴自棄になりつつ、

 

3年以上付き合っていた恋人と別れ、仕事も辞め、人様に誇れないような恋愛(というのか?)をしました。(一夜かぎりとか…)

 

私は新しい仕事場が決まり、そこはとても忙しい現場で

少々ブラックでした。

 

でもその忙しさに躍起になっていました。

家に居なくてすむし、早くお金を貯めて家を出よう!っと思ってたからです。

 

 

それでも両親の不仲は続いていたし、ストレスは溜まる一方だったと思います。

 

離婚も父が言い出したようですが、後先不安な母の方がなかなか応じず、二人の子供を味方につけるための戦いが始まりました。

 

私達は関与しない。と姉妹で決めてました。が、、、

 

長女、次女は家が違うから簡単にできたのですが、私と三女は実家暮らしだったのですべてをシャットアウトすることは難しかったのです。

 

この頃、私も23歳になるな~と思っていた矢先、痔のせいで出血が見られるようになりました。恥ずかしながら病院に行き、切れ痔にいぼ痔だった私は薬をもらって過ごしてたのですが…なんか白いのも混ざってる…出血も止まらない。熱も出てきた…

 

そして内視鏡検査の結果、【潰瘍性大腸炎】を宣告されたのです。

 

だから症状が出始めたのは22歳の最後くらいで、診断名が出たのは23歳というややこしい状態だっんです(笑)

 

発症はゆるやかでしたが、かえりみず、仕事をしていたら

 

一時熱も治まらない、歩くだけでお腹に激痛が起こる再燃状態になり。2週間ほど会社を休み、実家ではなく次女の家で休養させてもらってました。

 

 

まだ軽傷だったので、大学病院で専門医に診てもらい、ペンタサとプレドネマの注腸で見事寛解期を迎えました。

 

ここからが、長い戦いになるとは思ってもいませんでした。

 

はい!とゆーことで

今回はここまでにしたいと思います。

 

自己満ですが、

病気になるまでを振り返ることができ、ひとつずつでも自分の闇と向き合うことで

前に進めたらとおもいます。

 

 

それでは、ここまで読んでくださったかた!

本当にありがとございました!!!

 

anoka☆★☆

音楽は素晴らしい

こんにちは、anokaです。

今日からごはんも始まって、まだ痛みはちょこちょこやって来ますが、点滴先生のおかげで切り抜けてます(*^^*)

 

今でも大分動けるのですが、

早く全ての針や管が抜けて身軽になって、ごはんもお粥から底上げしていけるよう回復していきたいと思います。

 

Twitterで父からのラインを載せて、コメントで思った以上に「信じられない」という言葉があって

世間一般的にはそうなんだ~とanokaは思ってしまいました。

母、姉という他の家族にこのことを連絡しないのは

「しょうがないんじゃない?自分で決めたんでしょ。」

くらいに返信されるか

無視されるかのどちらかと分かっているから。

 

この時点で、もう変なのでしょうね。anokaも、家族も。

 

でも今日は精神科の先生とお話出来て、父のラインの事を相談できました。まあ、お薬の調整などが主でしたが、先生と話して受け止めてもらい、泣けたことは精神的にも良かったと思っています。

 

溜め込むことは心に良くないですからね。…ですが

 

昨日はさすがに眠りに着けず、ロビーをうろうろしていました。

 

iPodを持ってきてたので、聞いていました。

私は安室奈美恵、とゆーか安室ちゃんが大好きなので、久々に彼女の歌を聞いてました。彼女の応援歌のような歌も好きだし、今の気持ちには合わないけど、ダンスチューンも気分が上がって楽しい気持ちになれました。

彼女の引退は悲しかったけど、やっぱりかっこいい✨

 

寛解期に2度ほど彼女のライブを見に行けたのも良い思い出です(*´∀`)

 

Finally

Finally

 

 

 

 

そして、先ほどYoutubeを見ててびっくりしたんですが、の公式チャンネルが出来てたんですね!(多分、遅すぎる情報、笑)

確かデビューは自分が小学4年生だったので、このグループもまた、休止になるけれど、こんなに第一線で頑張ってきたなんて本当にすごい人たちですよね。

公開されてたPVは大好きな「truth」がっ!!

全体的にとにかくかっこいいし、ミステリアスな雰囲気も好きです。今までの嵐には無かったイメージ。

大野くんが好きなので、彼の歌声とダンスが満喫できます🎵

 

デビュー曲のARASHIも久々に見たけど、なんだか色褪せないものを感じてジーンと来ちゃいました(ノ_・。)

てゆーかベストアルバム早く働いて買えるようになりたい。。。

 

5×20 All the BEST!! 1999-2019 (通常盤) (4CD)

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他にも大好きで、私を励ましてくれる音楽はたくさんありますが

昨日、心にきて眠らせてくれた方々を熱弁?させてもらいました。

 

時々、この歌の発売時期に戻れたら…なんて思ってしまうけれど

 

あの時はあの時の私のかけがえのない思い出があります。全部積み重なってanokaです。

 

たまに後ろを向いて泣いても、ちゃんと前を向いて生きていたい。

 

あと、Twitterで父のラインを見て怒ってくれた方々、ありがとうございます😭❤️みんなが味方で居てくれて本当に嬉しいです!!

 

では

 

ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!!!

 

anoka☆★☆

わたしはわたし。

こんにちは、anokaです。

 

手術の翌日の今日は、

朝の回診で心電図や指に着ける酸素を図るやつ?(なんも分かってなくてスミマセン…)色々外されて身軽に。

傷のガーゼ交換をしてもらい(私は傷口を絶対見ないようにしてます。だって、痛さが増す気がするんだもん!笑)

 

「今日は歩いて、レントゲンもとってきてね」

先生たちとばいばい。

 

看護師さんが来たのだけれど

午前中は血圧が低すぎて足をあげてずっと横にされてました。(もともと低血圧なのですが手術のせいか更に低血圧に…)

午後になり少し血圧も上がったため、歩行訓練開始。

低血圧のため転倒を心配する看護師さんを横に、思ったよりスムーズに歩けました。(もとが低血圧だからわたしにとってあんまり変わりがなかったのかも?)

しばらく歩いて、問題なし!となり、

歯磨き。

次はレントゲンをとりに行くことに…エレベーターを使わなきゃいけないことと、遠いこともあり、車椅子で看護師さんにつれてってもらい、パシャパシャ(?)とり

 

またベッドへ帰ってきたら、まだ肛門から何かしら出てしまうので紙オムツしていたのですが(病棟が貸してくれてた)

長女が買っておいてくれました。お茶といっしょに。

ありがとうーーーっ(ノ_・。)❤️

これで看護師と揉めることもなさそう(笑)

 

 

そしてなんどかお願いして、御小水の管を取ってもらうことに成功(笑)

やっぱり全部の管が抜けると気持ち的に楽になります。(*´∀`)

 

しばらくベッドで休んでいると、精神科の先生と久しぶりに再開。本当は手術まえに会いたかったのだけど、なかなか会えず術後に…

今は術後でなんも考えられないと話し、実は寝られなくて勝手に薬を多くのん出たことを白状しました(´・ω・`)

明日も来るからその時薬の相談をしようとなり、

精神科の先生とばいばい

 

そしてオペチームの先生方の回診

 

「レントゲンも問題なかったし、明日のお昼からごはんも出すから。無理しないで食べてみて~」

 

ごはんっ\(^o^)/やったー!

まあ、あんまり食欲ないのだけれど点滴を取るためにanokaは頑張って食べます(笑)

 

 

そして…Twitterでも書きましたが父親からのラインが…


「お父さんはストマには反対だったんだよ?また言うことを聞かなかったね。
もう、援助する気はなくなったよ。
さようなら永遠に、元気で。」

 

勘当というヤツなのかな?

なんか…言葉に表せない悲しみと、怒りがこみ上げてきます…

てゆーか生活保護受けろって貴方言ったでしょう?

その時点で援助する気なかったんじゃないの?

昨日もそうだったけど

わざわざ今、いう必要ある?

 

 

ちなみに何も返してません…。

 

人の心が理解できない人だと昔から分かっていたことです…。

アルコール依存症にDV、浮気まで正当化するような人だったのだから…

 

ですが父親、、傷は付きます…。私は無かったことにせず、向き合って癒さなければなりません。

明日、精神科の先生も来てくださるのでこのことも話そうと思います。

 

そこでふと思い出した、言葉があります。

 

「わたしはわたし。そのままを受け止めてくれるか、さもなければ放っといて。」

 

確か21歳くらい時、本屋さんで見つけてステキな言葉!!と思い、衝動買いした記憶があります。

中にはたくさんの名言が書いてあって、それに合う写真と心温まる本でした。

続編のような本も発売されてて買った気がします。

残念ながら捨てちゃったけど、また自分の心を癒すために、収入を得ることが出来るようになったら買いたいと思います(*^^*)

 

自分の人生を生きたい。

この気持ちを胸に、この言葉を戒めに…

前を向いていこうと思います!

 

わたしはわたし。そのままを受け止めてくれるか、さもなければ放っといて。

わたしはわたし。そのままを受け止めてくれるか、さもなければ放っといて。

 

 

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!!

 

anoka☆★☆

手術後

こんにちは、anokaです。

多分今しか残せないだろうし、絶対安静ですが携帯をいじってもいいと言われたのでブログに綴りたいとおもいます。

 

今日、anokaにとってきっと忘れることはないだろうと思う【永久ストーマの手術】をいたしました。

 

朝、4時くらいにいったん目が醒め、もう当たり前になってしまった便失禁をキレイにするためにトイレへ

【きっと、紙パンツして寝るのも、便失禁に頭を悩まされるのも、今日で最後になるといいな…】そんなことを思いました。

 

6時くらいまでまた横になってましたが、手術のために夜はごはんを食べなかったからでしょうか何事もなく少し眠れました。

看護師さんがきて、手術前の最後のお薬を飲み「水分もこれで最後にしようね」と言われたので

少し多めに飲んどきました。安定剤のせいか少し朝は喉が乾いた感じがするのです。

 

そのあとはすることがなく、目が醒めちゃったのでストレッチしてました。血栓ができにくくなるように(意味があるか分かりません。笑  ちゃんと予防の靴下をはくので)

 

8時になって回診にオペしてくださる先生たちがやってきました。

「覚悟は決まったかな?」速答で「はい。」

 

主治医の先生は少し遅れてきて「お姉ちゃん、9時過ぎにはくるって」と教えてくれました。

 

さて、全ての支度を整えて看護師さんと手術室へ向かいます。

3回目。もう、来ないと思ってたんだけどな…

 

オペナースさんたちのもとに到着。

 

私は、オペナースさんがとても好きです。

なんだか、すごく安心するのです。優しいし、手際はいいし、「大丈夫だよ」と手を握ってくれる。

3回ともやっぱりそうでした。

 

大腸摘出のときは初めてだったし、不安もすごかったので大泣きしたのを覚えてます。

 

まさに、天使👼😭✨❤️そう思える人たちです。

本当にありがとうございます。

あなたたちのおかげで、私は安心眠れるのです。

 

ナースさんに手を握られながら、雑談していると主治医の先生が入ってきました。

 

「眠る前に先生に会うの初めて!」

と言ったのですが

「覚えてないだけで、前も話したよ(笑)」と突っ込まれたのを覚えてます(笑)

「お姉ちゃん、9時過ぎたんだけど来ないね~、子供預けてるんだろうけど」

「そうだとおもいます。いつも大変そうで…」

と主治医の先生と話したところで私の記憶はいったん飛びます。

_______________________________________。

 

目が醒めると、姉の姿。

忙しく動いてる看護師さん。

「おねえちゃん…(本当はあだ名で呼んでます)」

いつもながら淡々と

「終わったよ。」

「癒着ひどかった?」

「全然。だから早く終わったよ、まだ11時。簡単な手術だったよ。左下についてる。」

(左下は私の第一志望だった)

「え!良かった~。第一希望の場所だったの!」

「そーだったの?(笑)良かったね。」

意識もハッキリしていて、姉とそんな会話をしながら手術室から病棟に。

姉は仕事にもどるのでバイバイして、しばらくすると主治医の先生がやってきて一言。

 

「可愛く着けといたよ。」

 

ユーモア溢れる言葉に笑ってしまい、、(笑)傷がウズいて

「痛い…(笑)」

「ごめん、ごめん。じゃあ今日は安静にね~」

 

それからはヒマで、施設長が一度来てくれたくらいで

ベッドで絶対安静してます。

 

看護師さんが携帯いじっていいよ

と言ってくれたので、今こうしてツイートしたり、ブログを書いてます(*^^*)

 

ブログ書いてる時に父からラインが(え…?あのお父さんが??)と思ったのですが

 

「また市から催告状が届いたんだけど。お父さんを世帯主にしないで!もういい加減にして!!」

でした。

【私は住民票を変えてなく、保険証が実家にいってる様子】

 

お父さん、ごめんね…

けど今日言うこと?

 

優しい言葉を期待した私を返してください。orz

 

今日は返信せず、明日施設に送ってもらうよう、頼もうと思います…それすらめんどくそがりそうだけど…。

 

やはり家族とは離れた生活をしたいと、改めて思いました。

 

教授回診の日でさっき教授が来てくれました。

動けない私に「地震きたら逃げれるかな??はっはっは。明日から頑張って動いてね~」と

愉快な方です。笑

この間も何かしらジョークを言ってました。笑

今はしんみりするより、これくらいが嬉しいです😂

 

さて、ここら辺で私の手術日誌は終わりです。

覚えてることをツラツラ書きましたが

もしかすると忘れてしまうかもしれないので

このブログを書けて嬉しいです。

 

これから色々なことがあると思うけど

また人生の再スタートと思って、生きていこうと思います!

 

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!!

 

anoka☆★☆

永久ストーマの決断

こんにちは。anokaです。

色々なことがあり、かなり久しぶりの更新になってしまいましたが(あれ?スマホからでもブログって書けたよね?🤔)と今更ながら想いだしたので書きます(笑)

 

今は入院し、明日、永久ストーマの手術を受けることになりました。

 

経緯を言うと、、、

仕事の契約を切られ、正直今の体調じゃ週5で8時間の勤務は厳しい…となり、家族からも援助するのはムリと言われ生活保護の申請をすることになりました。

本当にありがたいことに派遣を担当してくれた方が仕事の合間に引越(保護施設に持っていけない荷物を長女の家に一時的に預ける)や市役所に行くのを車で手伝ってくれて、なんとか10月4日(部屋の退去日)に必要な荷物をもって、市役所に行くことができました。

 

この場をお借りして、派遣の担当者に感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当にありがとうございます!!(;_;)あ、もちろん直接伝えてますけど。

 

まあ、この方はちょっとセクハラ発言も多かったので困ったこともあったのですがorzこの一連のことに関しては感謝でいっぱいです。ちなみにこんなに手伝ってくれたのは私が可愛いからだそうです。可愛くて良かった~!と、思うことにします。笑

イラついた方いたらごめんなさい。m(__)m

 

なんとか荷物の整理をして、市役所でのやり取りも済ませ、施設に辿り着いたのは18時。

 

私は9月後半から謎の微熱と、座り込んでうめく程の胃痛に悩まされてました。

 

引越の準備中も、市役所での話し合い中も痛がっていたで、皆さんとても心配してくれました。

「早く通院できるように手配するね」と言ってくれたり、本当に優しかったです。

 

ですが…施設でやっと眠りに着けると思ったものの激しい胃痛に襲われました。私は精神科に通ってたので安定剤などを飲んでたのでうっすらとした記憶なのですが、結構な声で呻いて、痛みのせいか床を叩いたりして下の階の方もびっくりしたそうです(みなさま本当にごめんなさい(>_<)

 

そして土曜の朝、意識が混濁したなか施設方が救急車を呼んでくれました。適当に必要なものをまとめて持っていったのですが、精神科の薬もそのなかに入っていて

OD(オーバードーズ)を疑われたのですが中身をかくにんしたところちゃんと残数があったため、疑いは晴れました。

 

とりあえず、意識障害のため一時入院。

CT、血液検査に以上はなく、すぐ退院を勧められましたが…

わたしは

ちょっと待ってください!

熱も咳もある、謎の胃痛も治まってない。それにトイレの回数も20回以上、寝るのも大変。こんなに私生活に支障があるのになにもしないで返さないで欲しい。私は永久ストーマになってもいいと思ってるんです!

 

主治医には外来でも何度も訴えていました。

主治医と長女と私で話し合い(長女は今入院している病院の消化器外科医。今は知的障害の子供の面倒が大変ため、非常勤。)

私の意思を尊重してくださって、ストーマの手術をうけることになりました。

 

主治医は「この間も男性だけど回腸嚢炎が度々起きてね、奥さんも子供もいるし養って行かなきゃいけないからってストーマを選択した人いたんだよ。anokaちゃんもこれから働いて生きていかなきゃいけないもんね。ストーマは生きてく選択肢のひとつだよ。」と優しく背中を押してくれました。

 

長女は「ストーマにしたら戻せないからね。それは覚悟して。もうトイレに悩むこともなくなるはずだから甘えはきかないよ。」

…と。身内だから、医師だからこその言葉だと思います。厳しい現実も確かなのですから。

 

ちなみに家族とはほぼ連絡を取っていません。長女からみんなに話はまわってると三女から聞きました。

私からも何も言っていません。無視されても、なにか言われても傷つく気がして…

これはこれで、いいと思っています。

 

 

自ら選ぶ、障害者の道です。

困難があることも覚悟して臨まなければいけません。

 

けれど悲観してる訳ではありません。私はストーマに対して嫌な想いでは無いからです。

3ヶ月ほどストーマをしていたことはありますが、慣れたらトイレの心配はなく、旅行もいけて、温泉にも入り、比較的自由になれた気持ちの方が大きかったからです。

 

ただ、これは期間があったからかもしれません。

まだ29歳。永久ストーマにするには若い、と思われる年齢です。

悩み苦しむ時もあるかもしれません。

 

だけどこの決意を正しかったと決めるのは私だと思っています。

前に進むための選択なのです。

これからの人生がストーマを悪者にしない人生にするために、生きていこうと思います。

 

と、いうことで明日の手術、頑張ります🎵

 

いつも励ましてくれるTwitterのIBDの方々、本当にありがとうございます。

皆様の暖かさに触れてanokaはここまで決断できました。感謝の気持ちでいっぱいです😢♥️

まだまだいろんなこと呟くと思いますが、今後もよろしくお願いします🙇‍♀️⤵️

 

◇おまけ◇

救急車に運ばれるときでも必死に持ってきたマンガ(笑)

↓↓

【トーキングラブコメディ】というだけあって文字が多いので時間をかけて読めるのと(入院中は暇なのでオススメ。笑)、男女の心理を面白いおかしく書いていて共感できる、男心理は勉強になる(笑)

そして主人公と彼がちょっとずつ仲良くなってくのも胸キュンものです❤️もし読んでなくて「面白いマンガないかな~?」と探して方がいたらぜひ✨

僕と君の大切な話(1) (デザートコミックス)

僕と君の大切な話(1) (デザートコミックス)

 

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます‼️

 

anoka☆★☆

低刺激ソープはオススメです

こんにちは、anokaです。

3連休もおしまいですね。皆さんはどのように過ごしましたか??

 

anokaはですね…え~…

ツイッターをみてくださってる方は分かると思いますが、お酒を飲んで過ごしてました(笑)
ハメを外したな~。^^;…と思ってるので はい、禁酒します!

もともとお酒は飲まなくても平気(?)というか、大好きってわけではなく「飲み会では飲みます」くらいなモノなので禁酒しても苦痛ではないです^^

 

なので、また気持ちを切り替えてお腹に優しい生活に戻していきたいと思います。

 

そして、今日は家の掃除と日用品の買い物に行ってきました。

で、とある素晴らしいものを買いました~!

それがこれ!↓

f:id:anoka0224:20190916192755j:plain

え~、とベビー用品コーナーで売っている

赤ちゃんに使っても大丈夫ですよ~。

という、いわゆる低刺激でデリケートな肌用の全身に使えるソープです。(数量限定で綿棒もついてきました。嬉しい♡)

 

こーゆー赤ちゃん用のシャンプーボディソープは、実家に居たとき勝手に使わせてもらってたんですが(生後まもない赤ちゃんがいたので、お風呂場にあった)

 

これで全身を洗ってたのではなく、陰部を洗うように使わせてもらってました!

 

anokaはトイレも近いし、今は生理中ですし、そのあたりはしっかり洗いたい…

もちろん今までも

ゴシゴシ洗うのは良くないので、泡をたてて優しく洗ってたんですが

普通のだと刺激が強すぎてどんなに優し洗っても痛かったり、かゆくなったりしたんです。

なので、今回ドラッグストアに行って購入してきましたよ!

いろいろあって迷ったのですが、今回はこちら

ジョンソン・エンド・ジョンソン すやすやタイム ベビー全身シャンプー(泡タイプ)

私はリラックスアロマ配合と言うのに惹かれてこちらを選びました。

 

こちらは潤いを残しながら、目にしみにくい処方。赤ちゃんにはこっちのほうが良さそうですね(笑)

 

使ってみましたがやっぱり痒くならないし、いい匂いはするし、とっても満足です。

 

まあベビー用じゃなくても低刺激のものは売ってると思いますが、私は実家に居たとき、ベビー用のもので陰部を洗っていて、それがとても快適だったので今回買いました~。

 

ずーっと買おうか悩んでて、まあいつも使ってるボディソープでもいっか♪

と、思いながら過ごしてたんですが生理がきて、かなり敏感になったのが決め手となって買ってきました!(食事制限してたせいか環境の変化のせいか、、、この家に来てから生理が来てなかったorz)

 

もちろん肛門(ごめんなさい)を洗うのも最適です。

anokaは切痔になりやすいのでやっぱりベビーソープありがたい。^^;

 

と、言うことでこれからお風呂入るのが楽しみになってきそうな買い物ができたので連休最終日は良い日になりました☆

 

終わりよければすべてよし!(笑)

 

明日から最後の仕事、4日間。

休まず頑張るぞーっ!!

 

もしかするとみんなやってるのかもしれないけれど(笑)

どれがいいかわかんない!とか、においがするは苦手…とかもっと安いの無いの?とかみなさんご希望があると思うのでアマゾンで検索してみてもいいし

ドラッグストアで売ってるので自分の好きなもの買ってみるのお勧めし

ます^^☆

 

 

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます!!

 

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ちょっと落ち着いて考えてみよう

こんにちは、anokaです。

 

大好きなバスケも前のように夢中になって見れなくなったなぁ。

何かに夢中になれる、好きなことがあるってとても幸せなことだったと今さらながら思います。

 

その心がなくなってしまったことが、寂しいですね。心が豊かでない。

後ろばかりを見て、あれもやだ。これもやだ。を繰り返しています。

 

どんなにきれいに着飾っても、メイクをしても、どんどん空虚になる心。

問題は自分にあって、誰かがなんとかしてくれることなどないのですね。

 

私の生き方、私のこの身体で、この心で。

 

どんなにひとり喚いても、なにも変わらない。

自分で行動しないと

自分の頭で考えないと

自分にとって何が大切で、どう生きていきたいか。

 

心を見つめなおすために精神科の入院もいいかなって思いました。

 

正直、OD(オーバードーズ:薬を過多に飲んでしまうこと)もやめられてなかったしカウンセリングは受けてましたが、精神科医の受診はしばらくしてませんでした。(先生が担当の曜日をコロコロ変えるので、こちらも都合が合わせられなくなった事情もありますが…そこはちょっと怒りです。(笑)

 

確かに、家族の心無い言葉に傷ついて見失うものもあったかもしれませんが

 

最近の私は、他人を責めるばかりで自分では何も変わろうとしてなかった。

 

この事実も受け止めて

また気持ちを新たに、自分に合った生活、仕事に対する姿勢、難病も、精神疾患

自分の身体をしっかり見つめて

自分でケアできる環境を整えよう。

 

それをしようと思います。

まずは連休で本を読むっ。読もうとして、中途半端なヤツたち^^;

 

そして最後の仕事を4日間働いたら、

精神科にかかる。

今の薬を整理してもらって、入院についても聞いてみたり、ソーシャルワーカーさんと話しできないかとか聞いてみたりしたい。

 

市役所の生活センターに相談に行く。

病院の近くに住むことが、やっぱり一番いい気がするので、そのことを相談したいと思います。やっぱり通院は欠かせないものなので…

 

落ち着いて、自分と向き合います。

 

寂しさに任せて依存するようなことをしないように…。

 

弱くてもいいから、私の足で立ち上がる。

 

今回は私のこころの整理をさせてもらいました^^;

 

ブログに書かんでも…と思ったのですが

ま、私のブログだし、いいよね☆(笑)

 

きっとわたしのように

 

難病を持ってる人、精神疾患で苦しんでる人

たくさんいると思う。

 

私は特別なことはできないし、頭悪いし(笑)これといった特技もない。

 

私の事を語ることしかできないけど

自分のためにも、同じ状況で苦しんでる人のためにも

 

なにかの役に立てますように…。

 

 

では、ここまで読んで下さった方本当にありがとうございます!!

 

まだまだ浮き沈みはありますが、、、(お腹痛い…生理痛のばかーっ)

 

何度失敗しても、いくつ歳をとっても、何度でも立ち上がりたいと思います。

 

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デトックスは大事

こんにちは、anokaです。

朝、全然トイレから離れられなくて仕事行けませんでしたorz

この寒さ、季節の変わり目は本当につらいですね。

 

加えて生理になりました。これは毎月避けられない辛さ(;;)

最近ネガティブなのもPMSだったのかも…(生理前に来る不調のこと)

嫌なことって重なるときあります…

 

そして、この前ファミマで懐かしいマンガ【ナルト】を立ち読みしたんです。

私は途中までしっかり読んでましたが、結末だけ知りました(笑)

けど、中学生~高校生の思春期に読んでた思い出深いマンガなので、よく覚えてるんです。

仕事中もたくさん思い出してました。

中忍試験のところとか^^

ヒナタがナルトを「誇り高き失敗者」と励ましたり、ネジとの戦いの時

「やっと見てくれる、憧れの人の前で、かっこ悪いところはみせられなもの…」

みたいなこと言ったのを思い出していいセリフだったよな~

とかね!

 

私もかっこわるいけど、なんとか生きてみようと思えました。

 

 

そして、今ナルトのアニメは無料で見れるので、

最初の任務、白のシーンを見まして…

 

大号泣しましたね。

あれは何度見ても泣いてしまいます(><)

 

こうやって漫画でもいいから涙を流してデトックスするのって

身体に良いと思います☆

このあいだ、ツイッターで皆さんに励まされて泣いちゃうのも(本当にありがとうございます!!)素敵な作品を見て泣くのも、市役所の人に現状を話して泣くのも(笑)

 

今は気持ちが落ちているので特に…

 

皆さんも、なにか感動するものを見て泣いたり、面白いものを見て笑ったりしてデトックスして心に良いことしてみませんか??

 

むしろanokaに教えてください!(笑)

 

ちょっと今回は短めですが、ここで終わりにします!

 

 

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました!!

 

anoka☆★☆

 

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悲しいお知らせ。。。

こんにちは、anokaです。

 

毒吐きます、悲しい気持ちになるかもしれません、読んで下さる方は注意してお読みください…

 

先ほど、派遣会社の担当から連絡がありました。

今月いっぱいで仕事は終了。契約早期終了は会社都合なのでもとの給与補助はあるようですが、今の家は10月初旬で出なくてはならなくなりました。

 

たくさん仕事を休んでしまったので仕方ないと思ってます。

だけど私はどうやったら生きていけるのか再び考えなくてはなりません。

 

今の派遣会社さんが紹介できる仕事は

残業当たり前&体力勝負が当たり前な製造業しか無いそうです

もう一回この会社にお願いしても同じことの繰り返しになってしまうのではないでしょうか…

 

かと言って戻る家はありません。2週間前でしょうか、たくさん仕事を休んでしまって不安になり父に「体が辛くて働けないよ」とラインして返ってきたのは

 

「そんな当たり前の事できないなら生活保護頼めば?オレは無理。」

 

二度と連絡したくありません。

おそらく彼も同じ気持ちでしょう。

 

正直、実家に居る時anokaは父からお金を盗んだことがあります。

それは信頼を失っても仕方のないことをしたと思っています。お父さん、ごめんなさい。

 

でも…

何故盗んだかって?

 

お金がないからです。お願いしても「実家に居るんだからお金なんて使わないだろう。」で終わらされたからです。

 

母が居て、炊事洗濯などの手間が無かったら分かります。

 

ですがanokaの両親はすでに離婚していて母は実家に居ません。

(母は自分の事で手一杯で私に構う余裕はありません。祖父は健在で独り身の弟もいるので長女として必死なのですから責めようがありません…。)

 

居るのは育児に追われて私が居るのを快く思ってない姉夫婦だけです。

 

実家に居たけど姉夫婦からラインで(とゆーか姉からですが)

「育児の手伝いするのは当たり前だから。私たちに感謝すること。生活は一切別にすること。2カ月で出ていけ。」

を実家に戻る条件として約束されてましたし炊事洗濯、全部自分一人でやってました。

つまり生活費はかかってました。そしてわすれてはならない医療費…。

 

電車やバス代も馬鹿にならないので実家の車を使っていたらしばらくするとキーは隠されました。

 

実家を出る最後の方は洗濯機すら使うことを許可されず使えた家電は一階にある電子レンジと冷蔵庫だけ。2か月過ぎたのに居座ったからだそうですが、朝起きたら部屋の前に張り紙が貼られてました。

 

「お前は泥棒と一緒だ、車のガソリン代は私たちが払ってるんだ。居候の分際で楽しようとするな。実家ヅラすんな!

 

なんかこうして思い出すと…姉はサイコパスなんでしょうかね?笑

ラインも張り紙もちゃんと残してありますから、さっき携帯見て確認しましたから。

まぎれもない真実です。夢じゃなかったです。被害妄想じゃなかったです。

父のラインも…

 

いっそ夢であれ…

 

だって実家に居る姉夫婦は大きな家をもらい、旦那さんの両親も近くに住んでいて育児援助もバッチリ。父からお金の工面までしてもらって、(私の)母も父が居ない日であれば育児の手伝いに行ってるのに…まあ、父は家事が一切できないので老後の世話みたいなものですが、医者でバリバリ働いてるので土日しか帰ってこないし、むしろプラス面の方が大きいはず。。。

 

考えれば考えるほど、なんか悲しくなってきます。

 

 

むしろもう、遠い遠い場所に行って家族と一切かかわらない方が心には良いのかもしれません。

 

 

これを機に病院には紹介状を書いてもらって三重県に行こうかな…

 

なんて…

 

 

たくさん書いてしまいました!

 

今日はここまでにしないと明日の仕事頑張れませんね!(><)

あとちょっとなので、最後は休まずに頑張りたいのです。これだけはぜったい。

 

 

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました!!

 

あまり快く思えないブログになってしまいましたが、私の足跡として残させていただきます。

 

こんどは明るいブログを書けるように頑張りたいと思います!

 

anoka☆★☆

 

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最近頑張ってること

最新コミックも600円分無料で読める<U-NEXT>

 

 

こんにちは、anokaです。

やっと仕事にも復帰し(早退したけど^^;ゆっくり体力回復したいので◎!!)

 

仕事して少し気持ちが軽くなりました。人と関わって優しさに触れたり、誰かの役に立つって実感できたり、働いたことはお金になって帰ってくるのでそれはとても嬉しいことなんです。

 

でも立ちっぱなしの仕事なのと、割と重労働なので筋肉痛にもなります。

年齢もあるかもしれません(笑)なかなか痛みが取れません(笑)。

まあ、すぐに筋肉痛がきてくれるだけでも良しとします◎!(笑)

 

そしてこれから契約まで仕事を休まずに頑張るために

私が日常で心掛けてやっていること

  1. ストレッチ
  2. ゆで卵を食べる、サプリメントを飲む
  3. 筋トレ(腹筋、背筋)
  4. 日記を書く(目安として10分のタイマーをかけ、それ以上書く)
  5. 足のむくみ取りマッサージ
  6. 小顔マッサージ
  7. 豆乳ココアを飲む
  8. 笑顔でダンスをしてみる(笑)

を、なるべく生活に取り入れて行ってます!

ちなみに1~4までは欠かさずやるように心掛けていて、5~8はゆとりがある時にやるって感じですね。

 

筋トレ、マッサージ系はモデルでユーチューバーの石井亜美さんのものを参考にしてます。

 

日記を書くのはメンタリストDaiGoさんのユーチューブを見て始めました。

前から紙に気持ちを書くということはやってたのですが、毎日ではなく、気ままにやってただけなので、今は【毎日10分以上気持ちを書きなぐる!】と心掛けて行ってます。

 

ゆで卵を食べるのは栄養のためです。ティファールでつくってます(笑)

私、ゆで卵の殻むくのうまいんですよ!(何の自慢?笑)高校生の時ラーメン屋でアルバイトしてて、味付き卵が自家製だったので上手に素早い殻のむき方を教わりました(笑)

 

笑顔でダンスは心にも身体にもいいらしいので(若かりし頃2年ほどみっちりやってたこともあり)ご近所に迷惑にならなように取り入れてます(笑)

うまいとか下手とか、どーでもいいんですよ。自己満足の世界ですから(笑)

 

こんな感じで日々を過ごしております。

瞑想とかもやりたいなって思ってるんですが、あんまりやること増やすと良くないかなって思って

 

今はこのくらいにして心と身体の健康のために頑張ってます。

 

皆さんは健康のために日常で取り入れてることはありますか??

 

自分にあった良い毎日が送れるようにしていきたいですね☆

 

では、この辺で終わりにしたいと思います!

 

最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます!!

 

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あらたな気持ちを胸に…

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こんにちは、anokaです。

このあいだの

 

anoka0224.hatenablog.com

 をあげたあと、何人かの方から励ましの連絡を頂きました。

この場をお借りしてお礼させてください。

本当にありがとうございます!!

とても元気と活力を頂きました。これからもどんな形で誰か役に立てるか分かりませんが、続けていこうと思いまいした!新しいことにチャレンジしていこうと思いました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昨日、ようやく仕事に行きました。

ツイッターにも書きましたが、とても暖かく迎え入れてくれて本当に嬉しかったです。

 

・・・が

この優しい人たちは同期の方々、または面倒見のいいアネゴ系の人たちです。

 

私は体力面の疲労も心配だったので15時で上がらせてもらいました。

そしてそれを女ボスに報告したところ…長期の休みの事も含め、少し厳しめな意見を頂きました。

 

別に嫌な感じではなく、率直に

 

「やっぱりたくさん休まれるとほかの人がカバーして回らなくなっちゃうし、、続ける気があるなら頑張ってほしい。もちろん身体が一番大切なのだけど、納期とかいろいろあって今忙しくなってきてるからね~」

 

そうですよね。当たり前です。素直に受け入れます。。。

ボスは私に気を遣いながら、私が休むことで周りが大変になってしまうことをしっかりと伝えてくれたのですから。素晴らしい方だと思います。

 

仕事という以上、契約しているのだから働くのは私の当然の勤めです。

 

体調管理をして休まずに出勤できるよう、私も出来る限りのことをするべきだと思いました。

 

 

でもね…だからこそ決意できたことがあります。

 

周りが残業で頑張っていようと関係ない。

私の目標は【休まずに仕事を頑張り、定時で帰ろう。】ということです。

 

会社には会社の事情があるように、私には私の事情があるのです。

 

自分で自分を大切にしないで誰が自分を大切にしてくれる?

倒れた責任を誰がとってくれる?

どうやって生きていかなきゃいけない?

 

全部自分に返ってくるんです。

大切にできたことも、できなかったことも。

 

私にできることをします。

周り何てクソくらえ。

【休まず定時で帰ります】私の目標はただそれだけです。

 

今はこんな強気ですが、実際の周りの空気を目の前にしてどこまで突き通せるか不安です(笑)

 

でも今は強くそう思うので。この心意気を胸に頑張りたいと思います。

 

休んで厳しいことを言われるのは仕方ないけど、残業しなくて厳しいこと言われる筋合いはないはず!

 

多分契約は延びずに10月半ばで終わってしまうと思うので、、、

それまで全力で頑張るのと、その後の生活をどうするかを考えていかなければ!

 

いろいろ考えているので、あとは行動あるのみです^^!

 

 

では、今回はここまでということで

 

読んで下さった方、本当にありがとうございました!!!!

 

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自分の居場所をつくる

こんにちは、anokaです。

抗生剤が効くまで、今日もお休みしちゃってるanokaですが

 

職場のリーダーに昨日の検査のこと、自分の状態、しっかり治してから働きたい、伝えられたので心穏やかに過ごせています。

 

リーダーも「一生懸命働いてくれてるの分かってるから」と言ってくれたので。。。

泣きそうになりました;;

 

 

さて、昨日カウンセリングで改めて良く分かったこと

 

「家族が自分にもたらす精神的ストレス」

 

が、いかに強いか。と言うことです。

私はこれをどうにかすれば、ストレスを軽減でき、前向きになれて、結果的に身体にいい影響が出てくれるんじゃないかな?思いました。

 

よく言われることですが、【他人は変えられない、変えられるのは自分だけ】

つまり家族は変えられないんですね。私が変わるしかないのです。

 

私は家族によりどころ、つまり居場所を求めています。認められたい。受け入れてほしい。

 

そんな気持ちでいっぱいなんです。だからそれが打ち砕かれたとき、(今回の場合は私抜きの旅行が分かったことでしたが)「死にたい」と思うほど苦しんでしまうんですよね。

 

そうならないためにどうしたらいいか、考えたのが

【自分で自分の居場所をつくる】

と言うことです。

誰にも邪魔されない、誰かの行動や言葉で傷つくような場所(家族)ではなく

 

自分で自分を守れる居場所をつくる。

 

それがいまの私に必要でこれから生きていくうえで大切なことなんじゃないかなと思いました。

 

簡単じゃないと思うし、劇的変えられることではないと思いますが、やってみる価値は十分ある、、、そう思います。

 

 

まあ、家族からの自立ですね。

 

人はひとりでは生きていけないけど、そのつながりは決して家族じゃなきゃいけないって決まりはないし、家族じゃなくても私を受け入れてくれて、優しくしてくれる人はいます。

 

家族に自分の心を一喜一憂する人生を辞めて、自分の心地の良い居場所をつくっていこう。

 

 

まだ、具体的にどうするかは勉強中です^^;

でも、ひとつ自分と向き合って、目標が出来たので、嬉しく思います。

 

経済的な安定も、自分の居場所をつくるにはとても大切なことなので

まずは仕事復帰ですね。

 

抗生剤飲んで、食事は控えめにして、ゆっくりして明日また頑張りたいと思います!

 

ではでは、今日はこのへんで終わりにしたいと思います。

 

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました!!

 

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