潰瘍性大腸炎→大腸全摘出したanokaのブログ

難病や日々の事を書いてます。よろしくお願いします。

長女への感謝と尊敬を込めて

こんにちは、anokaです。

 

 

今日はanokaの長女であり、消化器外科医として私の3度にわたるオペも執刀、また立ち会ってくれた姉について

感謝と尊敬の意を込めて綴りたいと思います。

 

 

anokaは4姉妹の末っ子です。

長女とは7つ歳が離れてます。

 

私の記憶はあまりないけれど、長女が小さい私を面倒見てくれている写真がたくさん残っています。

 

 

また、過去を振り返ったブログでも書いてますが、一時期姉妹で家事をこなしてたときもありましたが、やっぱり頼りになったのは長女と次女でした。

 

 

二人は今も仕事も家事もきちんとこなす使命感に追われている気がして…

 

少し心が痛みます。。。

 

 

 

さて、話を長女に戻して

 

長女は冷静沈着でしっかり者。

小さい頃から習ってたピアノが得意で、勉強熱心。

読書やオペラ鑑賞が趣味で、中学から合唱部に所属し

高校3年生では関東大会に出たりもしてました。(部員数名でですが)自分の代でその高校初の関東大会出場だったらしく、出れたことにとても喜んでいて、普段感情を出さない姉が嬉しそうにしてたのをなんだか印象深く覚えてます。

 

 

とにかく、絵に書いたような優等生。

 

そして、決して表に出さないけれど努力家です。

 

anokaが小学生だった時、たまたま朝早く起きたら母親がおにぎりを作っていて「なにしてるの?」と聞くと

 

当時、高校生だった長女が朝早く登校して、勉強をしていると聞かされました。

 

 

純粋に尊敬しました。

7つも離れてるのだから私に言わないとは思いますが、

姉が努力をひけらかすことは次女も三女も見たことないし、

 

 

次女も三女も私が二十歳過ぎてからポロっと出たこの話にびっくりしてたので私はたまたま知っただけなんだと更にびっくりしました。

 

長女は医大にも、国家試験にもストレートで合格。

 

全部母から聞きましたが(長女は大学進学から寮に入ってたので気付いたら家から居ないΣ(゜Д゜)という感じでした。)

努力が実った長女を心から喜びました。

 

 

 

歳が離れててあんまり接点がなかったanokaですが

本当に一生懸命努力して、夢を叶えた長女を誇らしく想うし自慢の姉です。

 

 

ちなみに長女は自分が医師を目指したのは「お父さんに憧れたからじゃない」と真っ向から否定しています。笑

(長女は父の浮気を知ったとき、とても怒り、軽蔑したので中学、高校とほぼ会話してません。今みたいに携帯も普及してなかった時代なので)

 

本当のところは知りませんが、母から聞いたのは歴代の偉人から感銘を受けたそう。(長女は世界史も日本史も大好き。)

 

 

ちょっと前の話ですが、東京医科大で女性差別の入試問題が発覚しましたね。

 

 

本当に怒りでいっぱいになりました。

某タレント女医さんも一定の理解を示したようなこと言ってましたけど

 

 

これに関してはanokaの姉妹ラインでも話題になりました。長女も確かに「一理ある」と言いましたが

 

「ぶっちゃけ、子供産んでみてから言え。とも思ったけどね。」

 

※決して子供を産んだ女性が偉いと言いたい訳ではありません。長女の立場からすればこの東京医科大の騒動は【一理ある】の立場に当てはまらないからの発言であるとご理解ください。

そしてanokaが勝手にこのブログで公にしているので、もし長女に誹謗中傷なコメントなどがあったら彼女の名誉のためこのブログは速やかに削除します。

 

 

私の中では拍手喝采でした。

だって、私は妹として、患者として外科医の姉を見てたから。 

 

長女は第一子を身籠った時も勉強のために静岡まで単身赴任してます。「今しか勉強できないから」と、寂しがる旦那さんを置いて…笑

 

いや、ホント強すぎるだろ!

って心から思いましたね。

旦那さんが寂しがるというのもこの夫婦の面白いところです(笑)

 

※旦那さんも獣医として立派に働いております

 

 

anokaが潰瘍性大腸炎となったときもすぐ専門医を紹介してくれて、一緒に付き添ってくれました。

 

内科で入院したときも働く姿を見たし、病院の少し離れに患者も利用できる食堂がありますがそこで時間を潰してると通りすぎる姉の姿を何度も見ましたが

 

私が入退院をするようになった25歳くらいのころ、既に2児の母だった長女は下の子が母乳オンリーだったため、何度も食堂の奥にある病院の保育所を往復してたんです。

 

キビキビ働く長女は本当に格好良かった。

 

大腸摘出が決まり外科病棟に移動したとき

 

担当オペチームの中にしっかり姉の名前があり、どれだけ心強かったか…。

毎日の回診にも来てくれてたし、たまに夜勤もこなしてたそう。

 

 

自分の仕事に誇りと熱意を持っている。

医師として働く長女はそんな言葉がぴったりでした。

 

女医が求められる時はたくさんあるとも言っていました。

大腸の内視鏡を女医の方にやって欲しいという女性は多いそう。

 

確かに、今の長女は非常勤です。

 

下の子(今4歳)に知的障害がわかったのですが

(予感はありましたが小さい子は成長の具合もさまざまですから3歳くらいで確定します)

保育園が外れてしまい

(上の子は保育園が当たったし、今は小学生)

でも知的障害の子は社会に触れさせた方がいいと言われます。

 

確か、なんとか認可外の保育所に入ったけれど時間が限られてるため長女が仕事をセーブせざる得ない状況に…。

 

世の中の矛盾にも腹が立ちます…

 

なんで女性は妻、母、社会人とたくさんの荷を背負わされるのでしょうか?

 

女性も働く時代…?

 

現場に必要とされても、育休で男性の医師の負担が増えるから、女性差別は一理ある?

 

少子化問題とか言うのに?

 

こんなに頑張ってる長女が何故…?

 

長女が姉妹ラインで下の子の障害や、保育園に預けられない現状を吐露し、

「医者、辞めるしかないか…」

と言った時に

 

苦しくて、悔しくて仕方ありませんでした。

 

 

私もその頃からストーマにするか悩んでましたが、なるべく個人的に相談するのを控えるようになりました。

(長女に出来るせめてものanokaの気持ちです…)

 

子供が悪い訳じゃない、でも大変なのは確かなんです。

 

私も甥っ子にあたるので何度も遊びましたが、本当に目が離せない。

 

私は今回、施設を経由して病院に入院しましたが

病棟で長女と久しぶりに会ったとき

疲れてるのが、とても分かりました…。

大腸摘出の手術、ストーマ閉鎖がちょうど2年前くらいですが

その時と比べて、明らかに違いました。

 

仕事を押さえて生きることは、

 

長女にとって生きがいを奪ってしまうことと同じだったのではないかと

 

あんなにたくさん勉強をしてたどり着いたのに

男社会と言われる外科医で、経験を積んで頑張ってたのに…

 

 

やるせない気持ちでいっぱいです…。

 

 

非常勤になったため、オペチームを抜けた長女は出勤時間も遅めです。

ですが私の手術の日は、下の子をベビーシッターさんに預け早く来てくれました。

 

下の子の保育園が外れたとき、シッターさんはお金が掛かりすぎる…と言っていたのを聞いてたので

 

 

本当に長女には迷惑をかけっぱなしで申し訳ない

 

けれど

 

こんな時まで側にいてくれて手術に立ち会ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいで

 

でも、今の自分では非力過ぎて…

 

 

「恩返ししたい」と言いたくても、

とても言えません。

 

せめて自立して、体力を戻して、ストーマにしたことが明るい方だったと長女に言えるように…。

 

焦ってはいけない。必ず、この時間が自分のしたいことに繋がる大切な休息時間なのだと信じて。

 

anokaは生きます。

 

 

という事で、

長女スペシャルはおしまいです。

長くなりましたが、ここまで読んで下さった方がいたら

本当に、本当にありがとうございます!!

 

 

anoka☆★☆